むっしゅの家の思い出

中学生

その2

その3

その4

僕の中学時代。って、
実はほとんど覚えてないんですよね。左は低学年。幼い感じで
近所のお姉さん達にかわいい!とか言われてた頃。右は3年
生でテルちゃんが「お人形さんみたいにかわいかったのにどん
どん変な顔になって」と嘆いていた頃。僕的にはブルースリー
みたいでちょと男っぽくなったかなと。今と違ってごわごわ髪

襟のバッジの数字わかります?22組と言う意味です。僕達の中
学では24組まであり、もちろん全国一の人数でした。クラス人
数も60名弱でした。だから友達も1年ポッキリの付合いになり
やすい。学年が変わると2度と会えない人も多かったような。
恐かったのは体育の女性の先生でゲシュタボって今からすれ
ば、すごいあだ名がついてました。生徒を正座させて、その上
を歩くんですよ。先生が生徒を殴るのも結構ありました。でも、
陰湿じゃなかったなあ。この団塊の世代が日本の経済成長を支
え、今は社会保障の大きな負担になろうとしています。体と頭
が動くうちは大いに働き、活動しなくちゃね!ま、無理は禁物。

僕とおばあちゃんとお手伝いの人

じいちゃん&ばあちゃん

じいちゃん

じいちゃん、姉、僕、まる(犬)

僕達姉・弟は小さい頃はおじいちゃん・おばあちゃんに育て
られた。父は結婚して、僕達が生まれてすぐに結核にかかり
仕事を辞めて療養生活に。病が癒えると父は「小説家」を目
指す。「僕は子供達のためにお金を稼ぐつもりはない」宣言
で結局、母が高校教師として生計をになった。そのため僕達
はよく祖父母の所で過ごした。せがめばなんでも買ってくれ
るじいちゃんと仏様のようなおばあちゃん。家に手伝いに来
てくれる人達もとても優しかった。離婚したほうがいいのか
なあと悩む母を祖母が「父親のいない子供は駄目になる」と
思いとどまらせたそうだ。だから僕らは母子家庭みたいだっ
たかも。そして僕には小さい頃親父と遊んだ思い出があまり
ない。つまり親父はいなくてもそれなりに育つって事だね。

父はシナリオライターとして「7人の刑事」などの脚本を書く
ようになって、じょじょに有名になり、地方紙には堀氏取材
で上京などと掲載されるようになったが、僕達の生活は貧乏
だった。あの頃は皆が大体貧乏だったし、お金がある事がそ
れほど自慢でもなかったと思う。お金がない事が不安ではな
かったんだよね、多分。父も今の基準からすると批判される
かも知れないが、あの頃は自分達の周りにはいつも未来と希
望があった。母も未来を信じてほんとに頑張ったと思う。今
の若者にもあんな時代の気分を味あわせたいとふと思った。

写真は
お手伝いに来てたおじちゃん、おばちゃんと祖父母。これで
も飛び切りのいい格好だ。右は平時の格好。これでいいんだ
よと実感する今日この頃だが、下着のパンツとタンクトップ
で庭に出ると雪ちゃんやてるちゃんに怒られるのである。




結婚式
今日は庭の主のテル ちゃんの昔の写真が出てきました。左はバックが教会でしょう
かちょと清楚な感じ。右はちょと艶っぽい感じ。写真家さん達 の現代のモノクロとちょと感じが違います。時代ですね



高校生。東大にと言うと「猛
勉強したんだねえ」と思われますが、友達を見ても努力型の
人は少ないようです。勉強もシンプルに徹してました。

スポーツが好きで昼食時間になると体育館まっしぐら。数学
の先生に見つかって「堀、この問題を解けたら行け」なんて。
グループを作って県大会のバスケとかサッカーに鶴丸Bとして
出たり。(写真はサッカー。前列右から二人目。2回戦敗退)

青い春のお色気コメディ風?
生徒会もやってたので、他校や外国の生徒達とも付合いがあ
って、ある時、今風に言うならJKから海にデートのお誘いが。
僕は高校時代は超真面目&堅物で、どうしようもない人間で
した。だからデートなんてのはありえない!でもうれしくて
すたこらさっさと今は埋め立てられた美浜:七つが島へ。

彼女は確かイェローのビキニ?。僕は体育授業まんまの紺の
いわゆる競泳パンツ。(この場合は、貧乏とかじゃなくてそ
れが当たり前と)ラジオ体操をやったりして、オイオイ。海に。
泳ぎは素もぐりとかやってて得意だったので、すいすいと潜
って、彼女の下からスイ〜と登場したりてまあ、じゃれてま
した。よく映画でもありますね。夢みたいだったなあ。。

すると突如、今風に言うなら想定外の事態が。。。。
急に体の一部が硬直したのです。笑い事ではありません。自
他共に認める真面目人間ですから、悪事がばれそな政治家と
同じでまずはばれないようにと。「なんかお腹が。。」と言
葉を濁して岸に上がると別に立派でもないはずなのに、この
時ばかりはどうだ!パンツはいてるように見えて仕方がない。
彼女が大丈夫?と寄って来ると腰にバスタオル巻いたりして。
心の中では「収まれ収まれ」の大合唱。理科で随意筋と不随
意筋てのを習いましたが、はあ、この事かと。青春の蹉跌。





全く友達もなんにもいない
鹿児島に来てくれて僕やテルちゃんのサポートをしてくれている雪
ちゃんの若い頃の写真。自分も病気したりして、不安も大きかった
と思いますが、頑張っています。踊り(藤間流名取)は小さい頃か
ら修行していて形が決まってます。ただ、結婚してからは、テニス
とピアノでした。今、スポテが出来て楽しいようです。実家は富山
の寿司栄で、富山お立ち寄りの際はぜひ。(総曲輪店はお酒は禁止
です)飲みながらの方は掛尾店か華やぎへhttp://www.susiei.com/

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